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リングテール

Author:リングテール

福島原発事故による放射能汚染から
子供を守る為、安定的な生活を捨て
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お盆

2013.08.15 18:57|未分類
お盆


■お盆とは

先祖や亡くなった人たちの霊を祀る行事やその期間の事をいいます

正式名称は【盂蘭盆会】(うらぼんえ)といい、古代のインド語の一つである
サンスクリット語の「ウランバナ」を漢字に音訳したもので
直訳すると「逆さつり」という意味です
『仏教辞典』では、「死者が死後に逆さに吊るされている様な非常な苦しみを受けているのを救う為に
祭儀を設けて三宝 {仏(釈迦)・法(教え)・僧(僧伽)} に供養すること」と言われています

「盂蘭」とは苦悩を救うの意、「盆」とは器のことで
色々な供え物を盆器に盛り上げて先祖や死者の霊を家々に迎え入れ、ご馳走して供養する行事です

起源は「仏説盂蘭盆経」にあり、お釈迦様の弟子の目連が
死して餓鬼道に堕ちて飢えに苦しんでいる母親の姿を見て
お釈迦様の教えに従って七月十五日に僧侶を招き、
多くの供物をささげて供養したことによって救うことができたという言い伝えに典拠しています


■お盆の期間

日本で最初の盂蘭盆会(お盆)が催されたとされるのが、推古14年(西暦606年)で
もともとは旧暦(太陰太陽暦)の7月15日前後でした

ですが、鎖国時代に終わりを告げた明治新政府樹立の頃、
世界の欧米諸国の主流は太陽暦(グレゴリオ暦)でしたので
当時の日本が採用していた旧暦(太陰太陽暦)ですと外交的にも不便で外交圧力もあったと考えられ
結果、明治政府は「明治5年12月3日をもって明治6年1月1日とする」という
思い切った改暦が断行されることになりました

よって明治6年1月1日以降は新暦(グレゴリオ暦)の採用により
7月15日が従来(旧暦)より1ヶ月前後、前倒しになり旧暦の晩夏から新暦の初夏にシフトしたのです

そして首都に近い関東の人は、新しい政府の言い付けを受け入れ
7月15日にお盆の行事を行なうようになりましたが
当時国民の8割を占めていた農家の人々は7月15日頃は農作業の繁忙期と重なるため
新暦にはなじめずに最初はそのまま旧暦で行なっていたのですが
旧暦の対応表なども姿を消していき
そのうちにお盆を一月遅らせて8月15日前後に月遅れ盆として定着していったと思われます

今の一般的なお盆期間

新盆(東京盆) :7月15日  7月13日~16日
旧盆(月遅れ盆):8月15日  8月13日~16日

の期間でお盆をすることが多いようです


■迎え盆(送り火:7月13日・8月13日)

迎え火とは、13日の夕方、 家の門口や玄関、地域によってはお墓で
素焼の焙烙(ほうろく)にオガラと呼ばれる皮をはいだ麻の茎を折って積み重ね
火をつけて焚いてお灯明に移し、花を供え線香をあげて仏様をお迎えすることを言います



精霊の往復の乗り物として、キュウリの馬となすの牛をおがらで足を付けて作り、供えるところもあります
これには、来るときは馬に乗って早く来てください、帰りは牛に乗ってゆっくりと、という願いがあります

盆の期間中は朝昼晩の三食、家族と同じ食事を供えるようにします
霊供膳といい、一汁三菜を基本とし、肉、魚を使わず、ネギやらっきょう、にら、にんにくなどの
刺激が強い香味野菜(五辛と呼びます)を避けて作る菜食の精進料理
お盆様と共食する(同じ物を食べる)しきたりです
家族とともに精進料理で過ごすものですが、供えた食べものはどんどん下げて家人で食べて結構です
お水はたびたび取り替えるようにします

お盆は仏事ですが忌み事ではなく楽しい開放的なお祭りです
仏様に対しては少しは遠慮するにしても、そんなに畏まらないで 
お参りに訪れたお客様と楽しく過ごしてください


■送り盆(送り火:7月16日・8月16日)

*15日を送り日とする家もあります
16日(15日)の夕方に迎え火を焚いた同じ場所で同様の要領で送り火を焚いて見送ります

未練があってもこの日に送らなければ地獄の門が閉まるといわれているので
この日に見送らなければなりません

京都の大文字焼や長崎の精霊流し、その他の精霊流しもこの送り盆の行事です


■新盆とは

亡くなった方が忌明け後、初めて迎えるお盆を「新盆(初盆)」といいます
新盆は故人の霊が初めて家に戻ってくる日です
親族や知人友人大勢揃って、特に丁寧にお迎えしたいものです
お寺様を招き読経していただき、集まった皆様に料理を振る舞う慣わしもあります
地域によって異なりますが、提灯は絵柄のない白い提灯を使用します
これは初めて戻ってくる故人の霊が迷わないようにと
目印として軒先などに吊り下げるもので新盆の時だけ用い、送り火で燃やしたりお寺様に納めたりします
古くから新盆を迎える家に親類縁者が提灯を贈る風習がありますが
近年の傾向として毎年飾ることから絵柄の入った行灯(あんどん)や壺提灯を贈ることが多くなっています
一方で、最近では、住宅事情の変化により盆提灯を飾るスペースを考えて兄弟、親戚などから
盆提灯用にと現金でいただき、ご家族で全て用意する事も多くなっています
また四十九日の忌明け前にお盆を迎える場合には新盆供養は翌年に行うのが一般的です


■「お盆」と「お彼岸」違い

・お盆
旧暦七月十五日に亡くなった母親の供養を行ったところ
餓鬼道に落ちて苦しんでいた母親を救う事ができたという仏教の故事からきていて
先祖や死者の霊を家々に迎え入れ、ご馳走して供養する)仏教行事です

・お彼岸
彼岸会は日本独自の習慣で春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた各7日間(1年で計14日間)であり
この期間に行う仏事を彼岸会(ひがんえ)と呼びます
「彼岸」とは仏教用語で「向こう岸」という意味で、いわゆる極楽浄土をさします
ちなみに「彼岸」の対語は「此岸(しがん)」といって、「こちらの岸」という意味です
何故春分秋分の日を中心に「お彼岸」とされるかというと
多くの仏教では極楽浄土は西方十万億土の彼方にあると考えられています
従って太陽が真西に沈むこの日は極楽浄土の方角がはっきりわかるので
お彼岸の日に遙か彼方の極楽浄土に思いを馳せたのです
 

■お盆とお中元

お中元は元々は中国から伝わった行事です
1月15日の上元に小豆粥を食べ息災を祈り(現在では新暦1月15日に小豆粥を食べる)
7月15日の中元に半年間無事に暮らせたことを祝い、盂蘭盆の行事をし
10月15日の下元は日本では特に行事はしていない
この 上元、中元、下元の3つの総称を三元と呼び、それぞれの行事を行った

7月15日の中元に日本では盂蘭盆の行事と習合(相異なる教理などを折衷、調和すること)し
祖先の霊を供養し、両親や親族や知人に食べ物を送るようになっていったのだとか
これが、目上の人、お世話になった人等に贈り物をする「盆礼」となり「お中元」に変化したという
一般に、「お中元」を贈る時期は
関東では6月下旬~7月15日まで、 関西では7月上旬~8月15日までとされているようである







テーマ:伝えたいこと
ジャンル:ブログ

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