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リングテール

Author:リングテール

福島原発事故による放射能汚染から
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終戦を批判的に考える八月

2013.08.15 23:44|未分類
日本の哲学者さんより転載


終戦を批判的に考える八月


「広島と長崎に原爆が投下をされ、日本はやむなく侵略戦争を止めることにした」
この教科書的な罪悪感を、今年も癒えない傷にすり込む
「すり込む」という動詞の主語は誰か、それは何のためか
広島の原爆慰霊碑には「安らかにお眠りください。二度とあやまちは繰り返しませんから」と刻まれている
誰のどのような過ちを指すのか?長崎に聳えるあの彫像は一体何者なのか?
 
本来はこのような問いを深めつつ八月を過ごすべきなのである

 終戦について考えることは、戦争のただ中にいた経験のない私には意味のないことであろうか
そうではあるまい。では震災についてはどうか。
阪神大震災の直後から、被災した人とそうでない人との溝が議論されたことがあった
二年半ほど前の震災についても、同じ議論が繰り返された
「天罰だ」という何某の発言は論外として、いまだにその論調が根強いどころか、ますます強くなり
日本全土でたんなる隣人との間にも溝が張り巡らされているようにも見える
思えば関東と東北を襲った今回の震災は、地方分権がやたらと言われ
中央集権的官僚支配を打倒するかのような議論が巷にあふれ
地方の県知事などに立候補した民主主義という仮面を被った代理人たちによる
わざと進ませないうえに実際は何をやっているのかわからない「改革」を
テレビが全国放送で宣伝していたやさきの出来事であったようにも思う
また、非正規雇用の増加による生活のランニングコストへの意識の過度な集中(テレビによる節約と飽食の連呼)によって、何かが崩れてしまったやさきの出来事でもあったようにも思えるのである(これに類する現象を数えればきりがないがこれくらいにしておく)

 この崩壊によって支配的になった意識は、自発的隷従という意識であろうと思う
この意識が高まれば、隣で死ぬ「奴隷」へのまなざしはいっそう冷たくなる
「絆」が本当は足かせを意味するように、SNSの広がりは、あたなも奴隷でしょ?私もそうだ!という他人にも自分にもつけられた重りの確認をする欲求の増大を意味するものであるにすぎない)
自分も他人も換えのきく歯車であるという認識が負に働くのである
このように考えると、震災によるダメージはいわゆる災害だけではない
戦争に突き進んだときの世界的情勢もまた、震災前後の情勢とよく似ていた
経済的に巨大な変動が引き起こされた直後に、人命を巻き込む事態が生じると言う具合である
モダニゼイションが必要であるという理由で爆撃を受けた東京を中心に、表向きの支配体制は
いわれるがままに、一元的な価値を植え付ける愚民政策を施行し、
意識の隅々までモダニゼイションを断行した
日本のへそといわれる土地での地震にはじまった崩壊は、今回の震災によって
ある意味では戦争以上の質と規模で進行することになり、棄民政策に対する反応をもコントロールするほどにまで現代化が仕上がってしまったかにみえる
すべては操作される
個人の手によって新たなものを芽吹かせることができなくなりつつあるのである
アレントの賛美したアウグスティヌスの命題には、もうすでに生気を吹き込めない状況にある
マルクス主義や文化人類学や精神分析などによってすり込まれた教説によって
知識人たちはこの崩壊を人間的な必然として分析し、歴史の必然であるなどと講釈をたれ
諦念をもってよしとするかもしれない
そのような学問を知らない人たちは、自らの隷従意識の何であるかを思考することもないかもしれない
両者ともに、五十歩百歩である。知識人の諦念の方が悪質である
日常に張り巡らされた溝の施工主とその意図を念頭に置きながら
隣人との間にすでにあるそれをひとつずつ埋めることが、
なによりの抵抗運動となり、新しきものを育てることになるのだと私は信じている

(唐突であるが、市村弘正氏のような文明批評を私が嫌うのは、彼の思考が学校的な歴史観の域を出ないことに由来する視野狭窄に陥っており、知識人のために用意された「大衆嫌い」という罠にまんまとはまっていることによる。ちなみに彼はアドルノを賛美する。彼にクラストルを賛美する資格はない。)





とても思慮深い理知的な見識でただただ感心するところであります
まずは侵略戦争という罪悪感の刷り込み
これは中部大学の武田教授も述べていますが
大東亜戦争は(太平洋戦争)は
泥棒(侵略国)が玄関(目の前)にやってきて・・・的なものだと思います
戦わなければやれれてしまうところまで追い込まれたのです
その裏には米内某らが米国の内通者でみたいなのもありますが
真相はわからないのでなんとも言えません・・・

そういった中、文中では「隣人との間にも溝が張り巡らされている」とあります
これは「被害者」と「B層」、「脱B層」という三角形の図式に
埋められない溝があったのかも知れません

そして地方分権
例えば三陸の漁場は世界三大漁場の一つです
そして東北エリアの農業も首都圏を支える大きなものとなっており
こういった一次産業は大きな利権の温床といえます

南で言えば九州
九州のGDPの48兆円という数字は、国でいうとオーストラリア、オランダに次ぐレベルで
ベルギーやスイスよりも大きい
これは地方分権どころか先進国の一国分の経済規模に匹敵するものであり
これを管理、監督するにはそれなりのバックアップ体制が必要となるので
一地方に任せるとそれをチェックする体制も必要になり
日本国内にいくつもの国が運営できるほどの体制が必要になるらしいのです

地方分権は奥が深いみたいなのでここまでにしておきますが
そういった事を無責任に言って地元で好き勝手に政治運営したい方々が
人間関係に溝というか亀裂や軋轢を生じさせているのかもしれません

そして、隷従意識刷り込みや棄民政策など すべては操作されており 嵌められているのです


本来そういった問を深めつつ 過ごすべき時期が8月なんだと思います








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