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第6章 がんと白血病

2013.01.12 06:38|原発・放射能・原子力
原発の危険から子どもを守る北陸医師の会さんより転載


第6章 がんと白血病
MC900438706.jpg

チェルノブイリ事故による発がんリスクを評価するため、さまざまなアプロ-チやモデルが存在する。プレストン ら (2007) は広島・長崎の原爆被ばく者のLSS(訳注:Life Span Study生存者寿命調査のこと)コホ-ト解析を行い、0.15グレイ(訳注:=150ミリシ-ベルト)以下の被ばくでも線量に応じてリスクがあることを明らかにした167)(訳注:この結果から放射線リスクにはしきい値がなく、低線量であっても危険ということになる)。そして原爆被ばく者ではがん患者数が被ばく時の年令と無関係に増加し続けている。


チェルノブイリ周辺地域で被害を受けた人々は全身被ばく線量が0~1.5 グレイと推定されている。そして、3つの被ばく国からチェルノブイリ事故の調査報告数が増えるにしたがい、長期の低線量被ばくによる発がんリスクは原爆被ばく者の研究結果よりも高いという結論に達した。また、15ヶ国で原発作業員について多施設研究を行ったところ、発がんリスク(白血病と肺がんを除く)が原爆被ばく者のほぼ3倍近くに上ることがわかった。したがって、原爆被ばく者で得られた研究結果をそのままチェルノブイリ事故で被ばくした人々に当てはめると、低線量被ばくのリスクを低く見積もることになることは間違いない168)。


マルコ(2007)169)はチェルノブイリ事故から70年間(1986年~2056年)の発がんリスク(白血病も含む)を計算し、超過発病数(訳注:通常の発病数よりも増えた分を超過発病数という)がベラル-シだけで62,500例に達すると推定した。さらにヨ-ロッパ全体では239,900例になるだろうと。


6.1 チェルノブイリ地域


ベラル-シには1973年から全国がん登録制度が施行されており、全ての悪性腫瘍の情報を照合することができる。オケアノフらは1976年~1985年のがん患者数と1990年~2000年の患者数を比較し、ベラル-シでの発がん率が39.8%有意に上昇したと報告した170)。チェルノブイリ事故以前の年間発症率は人口10万人あたり155.9人であったが、事故後は217.9人に上昇していた。主に増加したがんは腸、肺、膀胱、甲状腺由来であった。

上記のごとく、ベラル-シの全地域で発がん率が有意に増加していた。そして、事故でもっとも高濃度汚染したホメリ(ゴメリ)地域では、汚染度の低かった地域よりも発がん率が55.9%も上昇していた。事故前のホメリでは発がん率が年間10万人あたり147.5人で、全国平均155.9人より低かった。しかし、事故後には224.6人に増え、しかもその時の全国平均217.9人も上回った。放射性降下物が比較的少なかったヴィ-ツェプスク地域は対照地域とされた。ベラル-シのこの2つの地域を直接比較したところ、ホメリ地域の発症率はヴィ-ツェプスク地域より有意に高かった。ホメリ地域では回帰係数(訳注:患者数の散布図から回帰式Y=aX+bを求める。このaを回帰係数と言い、これが大きいほど回帰式の傾きが急峻になる。すなわち患者数が急上昇するということである)が2.79から5.18へと最大の増加が記録されたが、他のベラル-シの地域では有意な増加は見られなかった(ベラル-シ全域で3.76ないしは3.15)。

発がん率が特に大きく増加したのは、ホメリ地域の中でもセシウム137の汚染が555,000ベクレル/㎡を超えた地域の住民だった。1993年から2002年のあいだ、消化器がんおよび呼吸器がんの過剰発症率はもっとも低い汚染地域に比較して有意に高かった。(消化器がんの発症率はもっとも汚染された地域で141.5人/10万人、もっとも汚染の少なかった地域で104.7人。呼吸器がんは83.7人に対して53.1人)

女性の乳がんの発症率は長期にわたり高いままである。セシウムで高濃度汚染された地域(ホメリとマヒリョウ)では乳がんのピ-クは45才から49才のあいだで見られ、事故の影響がより少ないヴィ-ツェプスク地域に比べて15才若かった。このように発症年令のピ-クが若いほうへシフト(移動)しており、また、汚染程度がより重度な田園地方の住民に特にその傾向が強かった。

International Journal of Cancer誌に発表された研究によれば、ベラル-シ(ホメリ、マヒリョウ)、ウクライナ(チェルニゴフ、キエフ、ジト-ムィル)の地域で乳がんの患者数が増加していた171)。また、1997年~2000年の調査では、もっとも汚染された地域では、少なかった地域に比べ発病リスクが約2倍に増加していた。著者らによれば、次の考えはありえない!「乳がんの増加はこの地域で検診回数が増えたからだ」(訳注:WHO、IAEAの見苦しい言い訳)。

ルヒニ-地区(ウクライナ)で行われた調査では、驚いたことに胃がん・肺がんの診断後の余命がチェルノブイリ事故以降、明らかに短縮していた172)。すなわち、事故前の1985年には胃がん、肺がんの診断後の余命がそれぞれ57ヶ月、42ヶ月だったが、事故の10年後にはそれぞれ2.3ヶ月、2ヶ月にまで短縮してしまった(訳注:基礎疾患のある患者さんは放射線被害を受けやすいということであろう)(表6)。



表6.胃がんと肺がんの診断後の余命:事故前後の比較(ウクライナのルヒニ-地区、ジト-ムィル地域)

Baidu IME_2013-1-15_16-25-27


同じ論文で、結核と診断された症例では乾酪壊死(訳注:肺結核病変の中心部が壊死になった場合,一般炎症と異なり,黄色調でチ-ズ状の壊死物質を形成する。これを乾酪壊死という)が増加しており、注意が喚起されている。1985年には17.5%だった乾酪壊死が1995年では50%に増えていた。著者のゴドレヴスキ-は、これらの現象は免疫システムの崩壊によるものだとしている。

ユ-リ・オリオフらは25年間にわたって15才以下の小児の中枢神経系腫瘍について調査した(ウクライナにて。ただし、ドニプロペトロフスク、ドネ-ツィク、ザポ-リジャ、ハルキウ地区を除く)。 総計2,633人の子どもがこの期間に中枢神経系腫瘍として治療された。チェルノブイリ事故以前の10年間(1976年~1985年)に756人の患児が治療されたのに対して、事故後の10年間(1986年-1995年)では1,315人の患児が治療された。すなわち事故後に76.9%も増加していた。子どもの人口はこの時期に300万人も減少しているにもかかわらず・・173)。

乳児では被ばくを恐れ移住してしまうことが多かった。にもかかわらず、次のような状況にある。オリオフとシャヴェルスキ-が3才以下の小児脳腫瘍188人の発病時期を調べたところ、1981年~1985年の5年間の発病が9人、1986年~2002年の17年間が179人であった。患者数を5年ごとに区切ってみると、事故以前の5年間(1981年~1985年)は9人であったが、1986年~1990年では46人で5.1倍、1991年~1995年では69人で7.7倍、1996年~2000年では48人で5.3倍と、それぞれ上昇していた。2001~2002年の2年間では16人であった。年間平均患者数で見てみると、事故前には1.8人/年であったが、事故後は14人に上昇している。しかも、1988年と1994年はもっとも多く18人であった。


乳児だけで見てみると、中枢神経系腫瘍の増加率はもっと多い。1981年~1985年には病理報告は1人もなかったが、1986年~1990年に4人、1991年~1995年に16人、1996年~2000年に11人報告されている。
                              

以上の調査をまとめると、3才以下の患者数は5.8倍に増え、1才以下だけでみるとおよそ10倍に増えていた。当時の出生率の大幅な低下を考慮すれば、患者数の増加率はより明白である。また、悪性腫瘍ばかりでなく良性腫瘍も増えた。もちろん良性腫瘍は転移もしないし周囲の組織に浸潤したりしないが、それでも生命に危険を及ぼすことがある。特に乳児の脳では良性腫瘍でも健康な脳組織を強く圧排してしまうのである174)175)。

 1986年のチェルノブイリ事故による放射性降下物(死の灰)により、400万人以上のウクライナ人が被害を受けた。胎児被ばくすると白血病が発症するのかを調べるため、ノシチェンコらは1986年の事故発生年に生まれた子どもたちを対象とし、タイプ別に白血病の発生を調査した。子どもたちの健康は1996年までの10年間以上の期間にわたって追跡調査され、放射能汚染地域と非汚染地域の子どもたちそれぞれの疾患の累積患者数を比較検討した。

白血病発症の相対危険度はどのタイプであっても、放射能汚染地域で有意に上昇していた。これは男児にも女児にもそして男女合わせても当てはまった。急性リンパ性白血病の危険度は、女児のみならず男児でも-途轍もなくというほどではないが-劇的に増加していた。男女合算すると、放射能汚染地域の急性リンパ性白血病の相対危険度は、非汚染地域の3倍以上であった(相対危険度RR = 3.4)(訳注:相対危険度とは非汚染地域での白血病発生率を1とした場合、汚染地域ではどれくらいになるかということである。3.4の場合、白血病の発生率が非汚染地域で、例えば、10人/10万人だとすると、汚染地域では34人/10万人に増えるということである)。この研究結果から、次のことが言えるであろう。1986年に生まれ、汚染地域に住み続けている子どもたちのあいだで、白血病の発症リスクが増した原因は事故による放射性降下物にあると176)。


 ちょうど1年後、ノシチェンコらは大惨事当時0歳から20歳の年齢であった人々を対象としたケ-ス・コントロ-ルスタディの結果を発表した。これは1987年から1997年までの11年間に放射線によって急性白血病を発症する危険度を調べたものである。推定放射線被ばくが10mSvを超えた男性では白血病の危険度が統計学的に有意に増加することがわかった。放射線被ばくと急性白血病との有意な相関は1993年から1997年の期間でみられ、そして特に急性リンパ性白血病で顕著であった。類似の相関は1993年から1997年の期間の急性骨髄性白血病でもみられた177)。

 白血病発症の危険性について調査した最新の研究(ノシチェンコ2010)178)によれば、ウクライナの汚染地域に住み、10mSv以上の線量を浴びた子どもたちではその危険度が有意に上昇していた。

1994年のヴォイコフスカヤらの報告によれば、大惨事後長年にわたり、ロヴノ地域 (現在名リウネ、ウクライナ) の子どもと成人で造血器腫瘍 (訳注:白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの総称)の発病がめだって増加していた。その研究はウクライナで放射性物質によりひどく汚染された地域と、それほどでもない地域とで比較検討された-ロヴノ地域の6つの北部地区はとくにひどく汚染された。

彼らはチェルノブイリ事故前5年間(1981年~1985年)と事故後6年間(1987年~1992年)とを比較検討した。デ-タ解析から事故後の造血器腫瘍の発症率は、事故前より高いことがわかった。ロヴノ地域における悪性血液疾患の患者数/10万人あたりは事故前が11.53人だったのに対して、事故後は15.06人であった(p<0.05)。慢性リンパ性白血病、骨髄腫、そして悪性リンパ腫の症例数も有意に増加していることが証明された。急性白血病の発症はひどく汚染された地域ではそれほどでない地域よりも、急激に増加していた179)。


1996年にネチャイが発表した研究-ベラル-シのホメリ地域で事故前5年間と事故後10年間(5年間区切りの2期分)の調査-によれば、重症血液疾患の増加は明らかであった。解析によると急性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群の発生率は、事故後の最初の5年間と次の5年間のいずれも明らかに、そして連続して増加がみられた(表7と表8)180)。


表7.ホメリ(ゴメリ)地域での重症血液疾患の患者数(実数)181)

Baidu IME_2013-1-15_16-28-11



表8.ホメリ地域での重症血液疾患が、事故前(5年間)から事故後(2期の5年間)
にどれだけ増えたかを比較182)


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1998年ベラル-シ非常事態省と国立科学アカデミ-はベラル-シ議会への公文書で次のように述べている183)。

●1979年-1985年は白血病の新規症例数の平均は624人/年であった
●1992年-1994年は白血病の新規症例数の平均は805人/年であった

このように、チェルノブイリ大惨事のあと、白血病の発症率が有意に増加した。
分類不可のものを含めた全てのタイプの白血病の発症頻度の増加は以下の通りであった。

●事故前の7年間で10万人あたり9.34人
●事故後の7年間で10万人あたり11.62人

さらに、慢性リンパ性白血病、多発性骨髄腫、ホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫も有意に増加した

詳しいデ-タは表に記載した(表9)184)。


表9. ベラル-シでの事故前後での造血器腫瘍患者数/年185)

Baidu IME_2013-1-15_16-33-59

注:*有意差 p<0.05



公文書には事故前後での住民10万人あたり年平均新規患者数も記載されている(表10)。



表10.ベラル-シでの白血病、リンパ腫、骨髄異形成症の
年平均新規患者数/10万人あたり186)


Baidu IME_2013-1-15_16-35-20

プリシャジニュ-クは、ウクライナの高度汚染地域での各種白血病の標準化罹患比(訳注:発病実数値を予測値で割った数値、どれくらい病気が増えたかの指標となる)を算出した。彼は、事故後5年間2期分(1986年~1991年と1992年~1998年)と事故前1980年~1985年のデ-タを比較した。ここでは1986年~1991年のデ-タを表に示す。この期間、白血病は予測値よりも明らかに高かった(表11)。



表11.ウクライナ(高度汚染地域)での白血病患者の標準化罹患比(1986 年~1991年)187)

Baidu IME_2013-1-15_16-37-35


6.2 ドイツ
                          
マインツ市小児がん登録制度のデ-タを用いた研究が1993年に発表された。1988年生まれの子どもで-事故の2年後、汚染度の高い地域で-小児腫瘍のなかでもまれな神経芽細胞腫が統計的に有意に増加していた。そのがんの頻度は土壌汚染度に比例して増えていた。この容量/効果の相関性が認められたということは放射線ががんの原因であるとの証拠となるだろう。この神経芽細胞腫の増加は小児がん登録制度が始まって以来もっとも目立ったものであった。このがんの原因としては、親の生殖細胞が妊娠前に受けたダメ-ジによるのかどうかが議論されている188)。
 ギュンテル・ヘンツェ教授によれば、被ばくして子どもたちは、高度汚染地域の南ドイツから治療のため受診していた189)。

 J.ミハエリスらがチェルノブイリ事故後に西ドイツで、93万人弱の乳児-1986年7月1日~1987年12月31日に出生-を調査したところ、驚いたことに35名もが白血病を発症していた。この白血病の発症率は1980年代の平均値の1.5倍であった190)。


6.3 その他の国々

E.ペトリドゥらは事故後ギリシャで小児白血病の全ケ-スを分析し、次のようなことがわかった。事故直後の1986年7月1日~1987年12月31日に生まれた子どもたち-事故当時、母親のお腹にいた子もいる-では、この時期の前後(事故前1980年1月1日~1985年12月31日および事故後1988年1月1日~1990年12月31日)の期間に生まれた子どもたちよりも1歳未満での白血病発症率が2.6倍も高かった。著者らは白血病発症率の増加はチェルノブイリ事故による胎内被ばくによるものと推測している191)。

スコットランド国内での研究によれば、1987年に小児白血病が48例登録されたが、これは予測値を13例も上回るものであった。全48例のうち、4歳未満は33例(この年齢では37%の増加)であった192)。

 ル-マニアのダビデスク らは大惨事後の小児白血病発症率について報告した。1986年~2000年の15年間、5か所のル-マニア東地区で疫学的研究を行い、被ばくした137,072名のグル-プ(37名が白血病)と、被ばくしなかった774,789名のグル-プ(204名が白血病)を比較した。3年以上にわたり、セシウム134とセシウム137、ストロンチウム90 、ヨ-ド131で汚染された食べ物から内部被ばくしたとされている。10歳未満の白血病発症率は汚染地域と対照地域では有意な差はなかった(270名対263名、p>0.05)。しかし、発症率を1986年7月~1987年3月に生まれた子どもたちと1987年4月~1987年12月に生まれた子どもたちで比べてみると、有意な差がみられた(386名 対 173名, p=0.03)。特に1歳未満の子どもではこの差は明らかであった。また、発症率は赤色骨髄の被ばく量と相関していた193)。

マ-チン・トンデルらは大惨事の影響を調べるため、ノルウェ-北部で事故当時60歳以下であった全住民(1,143,182 人、1986年~1987年)についてコホ-ト調査を実施した。北部の汚染地域では1996年までに849例のがんが過剰に発症していた。そして、セシウム137の土壌汚染とがん患者数(22,409 人、1988 年~1996年)の関連も調べられた。肺がんなどすべてのがんの発症リスクは放射性物質の汚染度に比例して上昇していた。その数値は100,000 ベクレル/m2につきがん発症率が11%上昇するというものであった(95%信頼区間=0.03-0.20) 194)。トンデルらは研究をさらに進め、自らの最新の論文で調査結果の正しさを立証している195)。

投稿者 原発の危険から子どもを守る北陸医師の会

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