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リングテール

Author:リングテール

福島原発事故による放射能汚染から
子供を守る為、安定的な生活を捨て
東京から福岡県へ移住!
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デスノートの逆バージョンです!

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愚民の扇動

2013.02.22 06:50|政治・経済
独りファシズムVer.0.1さんより転載


愚民の扇動



汚染ガレキの焼却地点は、くまなく本州全土を取り囲むようにマッピングされているのであり、その目的が放射線の稀釈化による疾患率の平準であり、関東・東北における突出性の抑制であることは疑いない。

この様相は第一次世界大戦で概念化された「総力戦」なのであり、つまり前線と後方の境界を排除する全面戦争であり、非戦闘員をも徴集し全員参加とする究極の国家狂気であるわけだ。

工業化された殺戮によってヨーロッパ全土では2600万人が犠牲となったのだが、核の拡散という人類史上最悪の愚行によって1億2000万人が密集する小国では、世代間にわたり悪無限の災禍がもたらされようとしている。

目的は国家賠償の抑制による特別会計の独占であり、40数社にのぼる原発事業関連の特殊・公益法人を通じた不労所得獲得スキームの堅持であるのだけれど、それは官僚機構という中間支配者のユニテラリズム(単独行動主義)によるのではなく、市場創出を目論む多国籍企業との共同であることは繰り返し叙述したとおりだ。

この国の知性はメディアをツールとする占領統治政策によって浸潤され、思考するという人間の基本的な営為を逸失しているのであり、これほど膨大な情報が電脳空間に溢れ、端末群が氾濫する時代でありながら、事態を理解しているのは極めて少数だろう。

それは愚民の扇動という統治手法を詳細に記した「わが闘争」が、ナチス政権下において国民に憚ることなく出版された様相と変わりなく、つまり民衆は情報を入手しても知性というフレームワークをもたないのだから、それを意味化できないという国家の論理であるわけだ。

3.11はあらゆる権威を失墜させたのだけれど、いわゆるインテリや有識者が被曝という現実に一斉口を閉ざし、むしろ放射線による被害などナンセンスであるという空気すら醸成しているとおり、ポジショントーク(立場的発話)という彼らの欺瞞は教化的な悪意と言えるだろう。

概して経済力や社会的地位を有する「満ち足りた人々」ほど正常バイアスを容易に起動するのであり、つまり‘その事態’によって喪失するものが多い人間ほど認知的不協和に陥るのであり、客観的事実ではなく信じたいものを信じるという心的傾向が強化されるのだと思う。

国政も地方自治も教育も報道も、社会現場は自己都合という「認知の歪」によって成立しているのであり、現実が度量や成熟を超越しているのであり、論理は不在なのであり、罪責感を忌避する民族的な幼児性が、数十万人の児童を被曝させているわけだ。

福島の復興予算が総額25兆円規模で計上されているのだけれど、この金をインフラ投資などではなく、国内外での避難に投じれば、どれだけの子供が救えるのか、どれほど未来に生命を繋ぐことができるのか、かくも単純な思考実験が成立し得ないほど、議論の俎上にあげることができないほど、我々の知性は致命的に劣化している。

サンプリングされた児童40%以上に甲状腺の異常が認められているとおり、おそらく彼らの多くが重篤に発症し、再発や転移に怯え、壮絶な痛みや絶望を体験するのだろうけども、この国の趨勢はそのイメージすら奮起できないのであり、むしろ関心事のプライオリティは「人道に対する罪」よりもバラエティ番組にあるわけだ。

連中の脳内で跳梁するのは、頑張るだの、負けないだの、ポジティブだの、低劣なストックフレーズの断片であり、Twitterの文字数以上に表象するほどの内面をもたないのだろう。人間の相貌に目鼻立ちがなく、のっぺりと規格化され、大量生産される等質的自我は、存在しているのでなく培養されているに等しい。

我々は公共教育のスコアリングによって知性を裁定されてきたのだけれど、つまるところ人間の最も高度な精神とは、言語運用能力や数理的直観力ではなく、ましてや機械的な記憶力などでもなく、他者の痛みへの共感能力なのであり、人権や生命を慮る洞察の領域にあるのだと思う。

ジョージ・オーウェルはイギリス統治下におけるインド帝国の禁圧に着想を得て「1984」を上梓したのだが、すでに社会構造とはそれに準拠するディストピアなのであり、「人も社会もまず言葉から狂う」という至言にその兆候を見出すのであり、我々が帰属する暗黒の体系は、人間性の退行によって支配が達成されるというオーウェルの預言を体現することになるのだろう。



テーマ:伝えたいこと
ジャンル:ブログ

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