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リングテール

Author:リングテール

福島原発事故による放射能汚染から
子供を守る為、安定的な生活を捨て
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若者の死因第一位が「自殺」という悲しい社会

2013.04.23 08:48|健康・病気・医療
BLOGOSさんより転載


若者の死因第一位が「自殺」という悲しい社会



2013年3月30日の毎日新聞で

クローズアップ2013:年間自殺、3万人下回る 若者対策は置き去り

という記事がでました。内閣府と警察庁が公表した昨年の自殺統計において若者への対策が手薄だったことが触れられています。

簡単にまとめると

・年間の自殺者総数が15年ぶりに3万人を下回った(27,858名)
・2006年の自殺対策基本法、改正貸金業法など多重債務対策が効果をあげた
・対策が手薄だった若年層は就職難で自殺する大学生が増加

・就職失敗を理由とする10代と20代の自殺は2007年に60名、2012年は158名
・昨年の39才までの自殺者数は全体の3割弱の7368名

・日本の若者の自殺による死亡率が高い
・15才~39才の各年代(5才ごと)の死因の一位はいずれも自殺
・先進7カ国で日本にしか見られない傾向(比較可能な15才-34才)

さまざまな死因があるなかで、自ら命を落とさざるを得ない方々がいらっしゃることは、年代を問わず非常に残念で、悲しいことです。

そのなかでも、若者の自立支援を行うものとして、若い世代の死因のなかで自殺がトップであることは同じく大変な悲しみです。
先進7カ国では、日本でしか見られないというのは知りませんでした。

日本社会では、特に若い世代において「職場」と「社会的所属」がほぼイコールまたは、社会的所属があることの最低条件に「働いている」ことが、無意識であっても入っているように思います。

僕は二年前、第一子の誕生と共に2ヶ月の育児休暇を取りましたが月曜日から日曜日まで毎朝/毎夕飼い犬の散歩や、買い物に出かけるついでにいつも(同じ)公園で一息ついていたのですが、

多くの方に「何をしているの?」と聞かれました。多くの方とは、具体的に言うと、専業主婦の方々、高齢者の方々、ホームレスの方々、警察の方々です。

「何をしているの?」に対して、犬の散歩です。買い物の途中です。
一息いれています、と(真面目に)回答しましたが、それはどれも”仕事”のことでした。

よく見かけるけど、仕事についてますか?(≒怪しいひとではないですか?)
ということです。言い切れるのは、上記の声をかけてくださった方々に事情を説明した上で聞いたからです。

働いている/職場があることが、社会的所属の必要条件だとするならば「就職失敗」が非常に大きい意味を持ってしまうことも想像し得ます。
また、”どんな企業に勤めていたとしても”、そこを離れる(時に逃げる)ことが難しいとの結論に至ってしまう可能性も見えてきます。

4月1日から社会的所属を失ってしまった方へ

でも書きましたが、社会的所属がなくなるということはひとをとても不安にさせます。

私は、無業になり、時に長期に渡って孤立した若者の支援をするなかで社会的な所属がなく、長期に渡って他者と関わることがなかった若者から、それがいかにシンドイ状況なのか。また、最初は抜けだそうとするものの、度重なる「不採用」が”自分には価値がない”という意識を強く自身に植え付けていくということを聞きました。

いわゆる、他者からの「未承認」が自己肯定感を下げていく。
下がった肯定感を上げたくとも、周囲に他者がいないがゆえにそれがかなわないまま、長く時間が経過していく。そしてますますふさぎ込んでいくループに陥っていきます。

どの世代であっても、死因から自殺という理由がひとりもいない状況を目指すのが当然である一方、なぜ、若者対策が手薄/手つかずになってしまったのか。

それは日本社会には若者を支えるという文化風土が形成されずにここまで来てしまった。その弊害がここへきて顕在化したと考えます。

少年少女、青少年への取り組みは政策としても、町内会などののコミュニティでもありました。いまもあります。しかし、15才から39才という幅広い年代、特に学生という所属がない若者を支えることがないままに来ています。

手薄であったのは、若者に対する何かをしようとするとき行政にも地域(NPOなど市民活動を含む)にも、誰が誰に何をどうしていいのかという知識や知恵、経験がなく、

ある社会課題に対応しようとするとき、「若者」というキーワードは抜けやすく、また、対策を決めてもそれをやる部署・部局(行政)もなく、仮にどこかが引き受けても、若者にあたる支援者(ひと)もいないのです。

逆に言えば、まさにこれからであっても、至急、取り組んでいくべきテーマであると言えます。誰かがやるというより、気が付いたひとたちが周囲を巻き込みながら動いていく。すでに動いていることにチカラを貸して、大きなうねりを作りだしていくことが求められています。

次の社会を担っていく世代を悲しみと共に失うことのない社会を創り、残していきたいですね。






  


テーマ:伝えたいこと
ジャンル:ブログ

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